08月≪ 2009年09月 ≫10月

123456789101112131415161718192021222324252627282930
--.--/--(--)

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
--:--  |  スポンサー広告  |  EDIT  |  Top↑
2009.09/08(Tue)

山田洋次監督講演会

9月6日の夜、今年のプレ企画の目玉イベントである山田洋次監督の講演会がありました。
1週間前まではまだまだチケットが売れ残っておりヒヤヒヤしていましたが、実行委員のふんばりと、直前の大手新聞への記事掲載によって売れ行きに火が付き、瞬く間に売り切れてしまいました。
ご来場をお断りしてしまった皆様方には、誠に申し訳ありませんでした。


以下、僕が山田監督の言葉の行間に感じ取った、あくまで個人的な感想を書かせて頂きます。文言も監督の言葉通りではありませんので、誤解のなきように。

山田監督作品の、社会的弱者に注ぐ温かい眼差しの根底にあるものを解き明かしたい、という主催者の意図とは裏腹に、「最初からそういう(弱者救済的な)目的を持って作っているわけではない」と、正直に誠実に話されていたのが印象的でした。
はじめに主義やメッセージありきではなく、監督が出会った様々な人たちの、泣いたり笑ったりしながら一生懸命生きている姿を、丁寧に丁寧にフィルムに焼き付けて、作品を作って来られたのでしょう。

「昭和30年頃の最高の日本映画を作っていた技術は、今の日本映画界にはもう残っていないんだ」という指摘もありました。
その時代は映画作りの全てのスタッフが正社員であり、それゆえあらゆるスタッフが惜しみなく力を注いだからこそ、最高の作品が生み出されていたということでした。

自分と同年代の外国の映画監督たちに対する厳しい批評眼からは、安直に作品を作ろうとすることへの厳しい戒めが感じられました。
人間の真実に迫り続けようとする執念や、丁寧にフィルムに写しこむエネルギーが枯渇してしまったら、もうその人の作品は見る必要がない。
第一線で映画を撮り続けている方だからこそ持っている芸術創作に対する厳しさを垣間見ました。

他にも沢山のことをお話頂きましたが、とりあえずこの辺りで。


質問コーナーの最後に「”若い”出演者からの質問です」といって僕が書いた質問をとりあげて頂きました。
実は前の晩から何を聞こうか考えた末の質問だったのですが、自分の中で出した答えを半分まで書いてしまったような悪文で、あまり良い質問ではなかったかな、と思っています。もっともっとお聞きしたい話は山ほどあるのですが・・・。


(ONO)
スポンサーサイト
18:29  |  ムツゴロウ通信  |  TB(0)  |  CM(6)  |  EDIT  |  Top↑
2009.09/08(Tue)

有馬理恵さん講演会

IMG_1419_convert.jpg

9月5日土曜、飯能地域のプレ企画として、女優の有馬理恵さんをお迎えして講演会が行われた。
有馬さんは去年の憲法ミュージカルでロラマシン役を演じられた方である。

この役をもらった当初、犯した側の血を引く者が犯された者を演じることについて自分を納得させられずに苦しみ、フィリピンへ向かわれたそうだ。
そこでロラマシンが生き、眠っている土地の空気を呼吸し、「どうかこの物語を、日本に伝えてほしい」という地元の人々の強い思いを受け止めた。
しかしその後のマニラでの3時間に及ぶ記者会見では、日本という国のフィリピンに対する欺瞞と裏切りの矢面に立たされたが、最後には同じ願いで「団結」することが出来たそうだ。
大人たちは分かり合うために「ああでもない、こうでもない」と言葉をぶつけ合うのに、言葉という「武器」を身に着けていない有馬さんのお子さんと現地の子供たちはあっという間に笑顔で笑いあっていた、とのこと。

かくして作られたこの『ロラマシン物語』に、僕も出演させて頂いた。
自分たちが殺した側の子孫であり厚顔無恥な政府を戴く国民であるということを、客席で強制的に見せつけられた僕の友人たちは、一様に暗い顔をして帰って行った。
果たして今年は見に来てくれるだろうか。

それから話は変わり、有馬さんが高校時代に『釈迦内棺唄』という芝居を見て、客席で気を失うほどの衝撃を受け、「一本の演劇には人間の生き方を変える力がある」という信念を抱き今はその『釈迦内棺唄』で全国を巡演していること、またその中での感動的なエピソードなどを語られた。
有馬さんの演劇体験は簡単に一般化できるものではないが、しかし特異なパーソナリティによる特殊なエピソードとしてしまわずに、そこから普遍的な何かを私たちは導き出さなければならない。
そのためには有馬さんという一人の人間が、何によって形作られて来たのか、もっとお話を聞きたいものだ。

飯能公演実行委員長の岡部さんからは、干潟の泥にも含まれる「土」という物質の貴重さを教えていただいた。
土は落ち葉や枯れ木が堆積し分解されて出来る物だが、この長い地球の歴史の中で、地表に堆積された土の層の厚さは、実はたった数10センチから数メートルくらいしかないのだそうだ。その下は砂礫の層であり、より下は岩盤である。
そのわずかばかりの土によって、この豊かな生態系は支えられている。裏返せば、それは簡単に失われるものであり、元に戻すには気の遠くなるような時間がかかる、ということだろう。

飯能地域実行委員の皆さん、お疲れ様でした。おにぎりご馳走様でした。
有馬さん、ありがとうございました。


(ONO)
18:20  |  ムツゴロウ通信  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  Top↑
 | BLOGTOP | 
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。